昔むかしのフランスの音−フランスバロックのお話− 第3回 「フレンチ・ブランド」

相川郁子さんによる昔むかしのフランスの音-フランスバロックのお話の第3回目です。
相川郁子さんと野崎真弥さんによる、2/26に開催する「笛のお喋り」バロックフルート二重奏コンサートの詳細も近日中にお伝えいたします。


昔むかしのフランスの音−フランスバロックのお話− 第3回 「フレンチ・ブランド」
 
 突然ですが、みなさんは「フランスらしいもの」と聞いて、どんなものを思い浮かべますか?服やバッグなどのファッション、香水、フランス料理、ワイン、チーズ、綺麗なお菓子…。エッフェル塔のような観光地、フランス絵画、バレエなどの舞台を挙げる方もいらっしゃるかもしれません。
フランスにはこのような、世界中の人の憧れの的になる名物がたくさんあって、いずれも「これぞフランス」という雰囲気を放っています。お洒落で高級感があって、ちょっと鼻持ちならないイメージ…。これは、言ってみれば昔からのフランスの戦略でした。なんにでも「これぞフランス」という規格を定めて他からの差別化を図り、フレンチ・ブランドを確立してしまう傾向があるのです。

 前回は、太陽王ルイ14世の時代にフランス音楽界に君臨した、リュリという作曲家のことを取り上げました。リュリは、当時のフランス音楽のブランド化に大変貢献した人です。この当時、音楽はただの娯楽ではなく、政策の一部でした。太陽王は自身の威光を国内外にゆきわたらせるため、「これぞフランス」という音楽の型を定めて、それ以外のテイストのものは排除したのです。特にイタリアの音楽は(表向きには)ご法度です。イタリアは、当時たくさんの小国に分かれていた比較的自由な気風の地域。そんな土地のものを持ち込まれては困るのです。フランスは太陽王が絶対的な権力ですべてをコントロールする国なのですから。ヨーロッパ中で大人気だったイタリアの音楽とは決別し、フランスにふさわしい音楽で、国内外の人々を魅了しなければならない。リュリはその政策の成功の立役者でした。

ちなみに、そのジャン=バティスト・リュリが、実はフィレンツェ出身のイタリア人であった!というのが面白いところです。彼の元の名前はジョヴァンニ・バッティスタ・ルッリ。彼は王族のイタリア語の家庭教師になるためにフランスにやってきて、その後フランスに帰化しました。だから、「表向きには」なのです。フランス名物には、元をたどればイタリアにルーツのあるものがたくさんあります。例えば香水だって、アイスクリームだって、フォークとナイフで食事をする習慣だって、みんなイタリアから持ち込まれたものです!ファッションも、食文化も、芸術も、外から取り込んだものをフランス人のセンスで整えなおして、すっかりブランド化してしまうところがフランスらしさなのですね。

 では、当時の音楽の「これぞフランス」という部分は、どんなものでしょう?一つのキイワードは、前回お話しした「ダンス」です。フランスバロックといえば、踊りの音楽。歌であろうが室内楽であろうが、すべてが舞曲を基本にします。そのほかにもいろいろとフランスならではの要素があるのですが、それはまた次回、詳しくお話しいたします。
2016/12/22(Thu) 08:23:43 | 日記
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